春分
早春にひときわ輝く“魚界の麗人”
この季節、築地市場の仲卸売り場を歩くと「カンヌキ」という耳慣れない魚の名前を聞くことがある。市場の目利きが選りすぐった特上のサヨリのことだ。カンヌキは漢字で書くと「閂」。 お味のほうはといえば、脂肪分が少なく淡泊ながら、多少クセを感じさせるほどのコクがある。刺身など、あまり手を加えず、味と透き身の美しさをひきだすような料理がいちばん。 見た目に美しく美味この上ない・・・といいこと尽くめのイメージだが、ひらくと腹の粘膜が真っ黒なので、腹黒い魚と呼ばれる一面も。これを人にたとえて、外見がよくて腹黒な人を「さよりのような人」ともいうが、実はサヨリの腹膜の黒さは新鮮の証(あかし)だとか。
【解説】早春に旬を迎えるサヨリ。産卵のために岸辺の藻場に群れる春告魚のひとつで、石川県・能登半島で春に漁獲されるサヨリは地元で「花見魚」の愛称をもつ。
スリムで燦然(さんぜん)と輝くその姿から“海の貴婦人”ともいわれる。漢字では細魚、または針魚。北原白秋はサヨリをこううたっている。
―サヨリはうすい、サヨリはほそい。ぎんのうを、サヨリ、きらりとひかれ。
ぎんのうを、サヨリ、おねえさまににてる。(『コドモのクニ』)針のように伸びている、下あごの先の赤いのが、紅をさしたよう。
佳人の趣きがあるその印象は、やせぎすの和装をした日本娘の感じである、といったのは著名な魚類博士だが、そういわれると竹久夢二が描く儚(はかな)げな女を想わせる風情がある。
観音開きの扉の錠で横に渡す棒のことだ。体長30㌢を超える特大のサヨリが一見このカンヌキによく似ていることから、こう呼ばれるようになったとか。市場では細くて小さいものを「エンピツ」と呼ぶ。
食通のオススメは薄造りにしてからの昆布締め。三枚におろしたら、薄く塩をして昆布にはさんで数時間置くだけ。淡泊な白身にほんのり昆布のうまみがしみ、上品な味わいに。サヨリは細工しやすく、クルリと巻くと料理屋と見まごう立派なお造りにもなる。
潮汁のお椀にしていただくのも上品。細めの切り身を結んだ「結びさより」を椀だねにすると、見た目も味も堪能できる。
この時季の光もの、サヨリの握り鮨 提供:築地玉寿司