【解答】②鮎(あゆ)
【解説】初夏の日差しを受けながら、清らかな水の流れに銀鱗(ぎんりん)を躍らせる鮎。そのすらりとした容姿の美しさ、香気溢れる食味のよさから“清流の女王"ともたたえられ、昔から日本を代表する川魚として愛されてきた。
神話のなかにも、鮎は縁起の良い魚としてたびたび登場する。
たとえば『日本書紀』には、神武(じんむ)天皇が大和平定の成否を占うため奈良の丹生(にう)川に酒の入った壺を沈めたところ、大小の鮎が木の葉のように浮き上がる。これを吉兆として平定を成し遂げた、とある。
また、神功(じんぐう)皇后が新羅(しらぎ)遠征の前に鮎釣りで戦況を占ったとの記述もあり、ここから「魚」と「占」を組み合わせて「鮎」の漢字が生まれたともいわれている。
また、鮎は将軍家や皇室への献上品とされてきた歴史があり、あらためて日本人との深いつながりがうかがえよう。
鮎は背びれと尾びれの間に脂びれがあることやその習性から、鮭や鱒と近縁の魚といわれる。産卵期は秋。川の中流から下流域でふ化した仔魚(しぎょ)は海に流され、岸に近い浅い場所でプランクトンを食べながら冬を越す。
春になり、川の水が海と同じくらいの温かさになると川に戻って上流を目指す。体長5~7cmほどの成長した若鮎は川の流れに負けないほどのたくましさをもち、川底の石についた藻類を食べながらぐんぐん大きくなる。
とれたての鮎がスイカに似た独特の清々しい香りを放つのは、餌(えさ)となる藻類に由来する、とも。また、鮎は育った川によって香りや味が違うといわれるが、これは藻の違いや川の流れなどの環境によるものとされている。
夏の間、川の上流で過ごした鮎は秋になると卵を抱え、産卵のために再び下流におりてくる。これを「落ち鮎」と呼び、卵を産み終えると海に流れて、わずか一年でその短い一生を終える。
川と海とを旅しながら、四季のなかで儚(はかな)い命をまっとうする鮎は、文献に取り上げられた歴史も古い。
712年(和銅5年)に編纂された『古事記』には、すでに「年魚(あゆ)」という名前で登場する、つまり、この時代には秋になると産卵し、死滅する生態まで知られていたことになる。
平安時代中期に作られた辞書『和名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)』にはこうある。
春生じ 夏長じ 秋衰え 冬死す 故に年魚と名づくなり
初夏の若鮎から、真夏のしっかり脂ののった成魚、卵を抱いた秋の落ち鮎まで、短い期間に風味が刻々と変化するのもこの魚が愛されてき理由のひとつだろう。
鮎の刺身‘背越し'。
一般に鮎の旬は夏とされており、7月頃までは小骨もやわらかく、丸ごと食べられる。なかでも独特の苦みのあるワタ(内臓)は、鮎ならでは美味。
美食家として有名な北大魯山人(きたおうじろさんじん)は、6月にとれた若鮎を頭から食し、はらわた、身、皮を同時に味わう食べ方が一番おいしいと著している。
調理法も多彩で、最もポピュラーな塩焼きは、頭を下に向けて焼くと良い具合に脂が落ちて、おいしく焼けるそうだ。
このほか、背ごし(刺身―冒頭の写真―骨が柔らかい若鮎の頃、透きとおるような身の美しさと皮の香り、そして骨の食感を愉しむ逸品)や干物。
甘露煮、炊き込みご飯、内臓でつくった塩辛“うるか"など、鮎は夏の日本料理に欠かせない食材のひとつになっている。
①は日本固有の魚でヤマメ(山女)に似ているが、体側に朱点があって美しいアマゴ。③は日本の淡水魚のなかでも標高の高い川に生息するイワナ。天然ものは幻の魚といわれるほど貴重。
④は古くから各地で養殖されているコイ。洗いやこいこく、甘露煮で親しまれる。