穀雨
競演。紅白の宝石
「富山湾の宝石」シロエビは、体長5~8センチ、真珠に珊瑚の淡いオレンジ色をぼかしたような色調の、それは可憐な小エビである。
実は全国でその姿は見られる、とはいうものの、市場ベースにのっかる量がとれるのは富山湾だけ。
その理由は富山湾の特異な地形にある。富山湾というのは、陸からいきなり深く落ち込んでいるのだ。そこに、庄川、神通川、常願寺川などの大河が流れ込み、プランクトンが豊富に。シロエビは深海の冷水を好むし、エサも豊富とあっては絶好のすみかとなる。
解禁は4月。晩秋まで小型底引き船による漁は続くが、店頭で目につくのは、やはり新漁のいま頃だ。水揚げ港、射水(いみず)市新湊近くの鮨屋ではシロエビを一尾ずつむき身にし、そのうえ昆布締めにした握りずしや刺身が登場する。
ところでシロエビという名。真珠のように白いから、と思い込んでたらこれがどうも違うらしい。標準和名はシラエビ。新湊港あたりのお年寄りは「ヒラタエビ」と呼んでいるとか。実はシロエビ、身がちょっと平べったい。それでヒラタエビ、なまってシラエビ。
でも、富山県のアンテナショップでも、商品化したものの名はすべてシロエビだそうな。
生の殻付きが出回るようになっている昨今。揚げると、殻はカリッとなり、エビ特有の甘みも堪能できる今でこそ、ブリ、ホタルイカにならぶ富山湾名産御三家のひとつとなったシロエビ。かつては、鮮度落ちが早いのと知名度がないのとで商品価値がなく、食紅をまとわせ桜えびに似せていたというもの哀しい過去の持ち主。苦労の末に戴いた「富山湾の宝石」なのである。
こちら、「駿河湾の宝石」こと桜えびも4月に漁が解禁。秋にも漁期があるが、名前からしてやはり人気は春に集中する。こちらの名まえは素直に桜の花びらのような色合いだから。
プランクトンが豊富な駿河湾は、サクラエビにとってすみやすい深海だ。日中は水深数百㍍を群れで泳いでいるが、夜間には数十㍍まで浮上する。それを狙って2隻1組の「夫婦船」がまき網で漁獲する。
シロエビよりひとまわり小さい体長4センチほどと、エビの種類の中でも小ぶりながら、うまみはたっぷり。口に入れると、香りと甘みが一気に口中に広がる。殻ごと食べられるため、カルシウムや食物繊維を摂るにはもってこい。
乾燥させた干しエビとしての流通が多い。風味が濃厚なため、鍋や卵料理、混ぜご飯などさまざまな料理のアクセントに使える。
地元静岡ではとれたての生エビを豆腐、ネギなどと煮込んだ鍋料理「沖あがり」が名物。夜を徹しての漁を終えた船頭たちが、沖から陸にあがって食べたことから、このサクラエビ、ほんの偶然から発見された。
1894(明治27)年、静岡県由比町の二人の漁師が夜、引き網船でアジ漁をしていた。浮き樽(たる)がはずれたことに気づかず網を仕掛けたため、網が深く沈んでしまった。急いで引き上げると大量のエビが飛び跳ねていた、というのだ。
こうして、桜えび漁が始まった。
毎年5月3日には由比漁港で「桜えびまつり」が開かれ、漁協婦人部による“かき揚げ丼"には長蛇の列ができる。